文化系感想ログ

見聴きしたものの感想、あるいは我が人生に対する感想

槇原敬之「不器用な青春時代」

先日実家に帰ったら、ちょうど母が槇原敬之の最新アルバム「Believer」を流しているところだった。

私の母はここ20年来のマッキーファン。私自身も物心ついた頃から聴いているため、一般人の30~50倍くらいは彼の楽曲を知っている。一時期は1stアルバムから最新曲まですべての楽曲をiPodに入れていたこともあったが、いつだったかiTunesのデータが全飛びして以来あまり聴かなくなり、最近は実家を離れたためすっかり疎遠になってしまった。

そんな私の耳を突いたのが、標題の「不器用な青春時代」だった。

「これいいね」と反応すると、母は「BUMP OF CHICKENRADWIMPSのテンポを研究して作ったらしいよ」*1と教えてくれた。なるほど、言われてみればそのように聞こえる。バンプなら「orbital period」以降の壮大な世界観の楽曲、ラッドなら(あまりよく知らないけど)「アルトコロニーの定理」って感じ。アニソン・ボカロ曲のエッセンスを微かに感じたのはそのためか、と膝を打った。

少し前の「ムゲンノカナタヘ」からもアニソンっぽい印象を受けたが、改めて聴き比べてみると「不器用な青春時代」と違っていつものマッキーらしい曲調に聞こえる。その決定的な味付けの差がテンポにあるとは、作曲の出来ない人間にとってはなんとも不思議な話だ。

ところで、あの槇原敬之バンプやラッドを研究して一曲作った、という事実もさることながら、歌詞の方も興味深い。

「不器用な青春時代」に描かれているのは、ミュージシャンを志して、とにかくなんかスゴいのを作ってやるぞ! と意気込んで奔走する少年。かつて同級生たちとグループを作り、坂本龍一のラジオ番組に楽曲を投稿したマッキー自身の青春時代を思わせる。

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だが、マッキーがアニヲタだったという話は聞いたことがない。歌詞に出てくる「壁のポスターの二次元の彼女」は、彼自身の経験に基づくものではなさそうだ。

もしかするとバンプやラッドに倣ったという曲調も含め、「宅録少年」だった自身をイマドキ(といっても全盛期は一昔前になるか……)の「ボカロP少年」に擬しているのかもしれない。マッキーが米津玄師やwowokaなどと同世代に生まれていたならば、いったいどんな曲をニコニコ動画に発表していたのだろうか。そんな妄想が捗ってならない。

*1:出典はbayfm冠番組「Who cares?」での発言らしい。